新城市: 鳳来寺

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鳳来寺・歴史・観光・見所
鳳来寺概要: 鳳来寺の創建は大宝2年(702)、文武天皇の勅願により利修仙人が開いたのが始まりとされます。天平勝宝年間(749〜57)には聖武天皇と光明皇后から帰依され「鳳来寺」の勅額を賜っています。その後衰退しましたが平治の乱に敗れた源頼朝が鳳来寺に匿われた恩から、後に境内に多くの堂宇を再建し国家鎮護の祈願寺として寺運も隆盛しました。その後、当地の国人領主である菅沼氏、奥平氏などが庇護し、戦国時代には松平広忠と於大の方が、鳳来寺本尊薬師如来像に子宝祈願したところ、見事懐妊し竹千代(後の徳川家康)を授かったと伝えられています。この故事からか、徳川家康が篤く庇護し、天正8年(1580)には今までの権益を保護し、慶長7年(1602)には寺領746石を安堵しています。江戸時代に入ると幕府から庇護され、慶安元年(1648)には3代将軍徳川家光が老中安倍忠秋に命じて日光東照宮(栃木県日光市)の分霊を勧請させ鳳来山東照宮を創建、さらに鳳来寺の境内も順次整備され慶安4年(1651)には一応の完成をみています。徳川家縁の寺院として山内には数多くの支院、茶坊が軒を連ねましたが元治元年(1864)の火災により多くの堂宇が焼失しています。又、古くから神仏習合し鳳来寺薬師堂は真言宗の医王院、鳳来山東照宮には天台宗の松高院が別当寺院として祭祀を司ってきましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令とその後の廃仏毀釈運動により多くの堂宇、坊舎が破却され、さらに火災が重なり急速に衰退します。明治13年に薬師堂本堂は再建され天台宗で鳳来山東照宮の別当だった松高院は別当職を外され真言宗に改宗、さらに境内を麓に移されています。現在の仁王門は慶安4年(1651)に建てられたもので、入母屋、銅板葺(元檜皮葺)、三間一戸、楼門形式、上層部には高欄が廻り、下層部には仁王像(新城市指定文化財)が安置されています。鳳来寺仁王門は江戸時代初期に建てられた寺院楼門建築の遺構として大変貴重な存在で昭和28年に国指定重要文化財に指定されています。
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鳳来寺
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