岡崎市: 伊賀八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
伊賀八幡宮(岡崎市)概要: 伊賀八幡宮の創建は康平年間(1058〜1065年)、前九年合戦の際、鎮守府将軍となった源頼義が戦勝祈願の為、石清水八幡宮(旧男山八幡宮:京都府八幡市)の分霊を勧請したのが始まりとされます。当初は三河国井賀に鎮座していましたが文明2年(1470)、当時の領主松平親忠が井賀の地から氏神として下井田の地に遷座し、以来、歴代松平家の祈願所として崇敬庇護され地名も伊賀と改められました。大永4年(1524)、松平清康は社殿を造営、天文14年(1545)には織田信秀が2万の兵で三河に侵攻に対し岡崎城には8百の兵しかおらず大変危機的な状態となり、城兵がこぞって伊賀八幡宮に戦勝祈願を行ったところ、突如として天から白羽の矢(雹?)が織田陣営に降り注ぎ織田勢は自国に撤退したとされます。永禄元年(1558)には松平元信(後の徳川家康)が初陣に当たり戦勝祈願を行い見事勝利し、永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで織田信長に敗退し岡崎城に撤退する際、伊賀八幡宮の使いと思われる1頭の鹿が導き無事大樹寺まで退く事が出来たそうです。家康は永禄9年(1566)と慶長16年(1611)に社殿を造営し、慶長7年(1602)に228石、慶長20年(1615)に211石の社領を寄進しています。江戸時代に入ると歴代将軍徳川家が庇護し、寛永11年(1634)に3代徳川家光が日光東照宮(栃木県日光市)の分霊(東照大権現)を勧請し、社領100石を寄進した事で合計540石余となり、さらに寛永13年(1636)、松平信綱に社殿造営を命じ、当時の岡崎城の城主本多忠利が主体(奉行)となり幕府作事方御大工鈴木長次が手掛け壮麗な社殿が完成しました(将軍家が自ら東照大権現を勧請し祭る事は日光東照宮や久能山東照宮など限られていたそうです)。江戸時代を通じて家康の命日である4月17日には岡崎藩主が将軍の代参で伊賀八幡宮を参拝しました。古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され県社に列しています(仏教色が強い鐘楼は西尾市吉良町に境内を構える西福寺に移築現存しています)。祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、東照大権現。

伊賀八幡宮の本殿(三間社流造、檜皮葺、朱塗)、幣殿(桁行2間、梁間1間、両下造、檜皮葺、朱塗)、拝殿(桁行5間、梁間3間、入母屋、正面軒唐破風、正面1間向拝付、檜皮葺)、宮殿、 透塀、御供所(桁行5間、梁間2間、入母屋、檜皮葺)、随身門(入母屋、檜皮葺、軒唐破風向拝、三間一戸、八脚楼門)、神橋、鳥居は国指定重要文化財に指定されています。

伊賀八幡宮の文化財
 ・ 本殿、幣殿、拝殿(附:宮殿1基、棟札4枚)−寛永13年−国指定重要文化財
 ・ 透塀−寛永13年−延長42.0m、檜皮葺−国指定重要文化財
 ・ 御供所−入母屋、檜皮葺−寛永13年−国指定重要文化財
 ・ 随身門−寛永13年−三間一戸、八脚楼門−国指定重要文化財
 ・ 神橋−寛永13年−石造反橋、高欄付−国指定重要文化財
 ・ 鳥居−寛永13年−石造明神鳥居−国指定重要文化財
 ・ 伊賀八幡宮末社上総社社殿−岡崎市指定文化財
 ・ 伊賀八幡宮末社牟久津社社殿−寛永13年−一間社流造−岡崎市指定文化財
 ・ 木造随身像(附:像内納入銘札1枚)−岡崎市指定文化財

伊賀八幡宮
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