椎の木屋敷跡 |
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[ 付近地図: 愛知県刈谷市 ]・[ 刈谷市:歴史・観光・見所 ] |
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椎の木屋敷跡概要: この地は戦国時代、刈谷城の城主水野忠政の娘、於大の屋敷跡と云われています。於大は当時の岡崎城の城主松平広忠と結婚し天文12年(1543)には竹千代(後の徳川家康)を授かりますが政略により離別させられ、再婚相手である久松俊勝に嫁ぐまでこの屋敷で暮らしたそうです。周囲には椎の木が多く茂っていたことから椎の木屋敷と呼ばれるようになっていましたが江戸時代に入ると屋敷も荒廃し、誰からとなく霊地と信仰され一般者は立ち入り禁止となり五輪塔や地蔵尊などが建立されました。現在は大部分が宅地造成され面影が無くなりましたが、その1部が公園として整備され於大の方の旧跡として保存されました。
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