一宮市: 賀茂神社

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賀茂神社
賀茂神社
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賀茂神社 賀茂神社 賀茂神社 賀茂神社
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概要・歴史・観光・見所
賀茂神社(一宮市)概要: 賀茂神社の創建は欽明天皇の御代(539〜571年)、玉の井の霊泉付近に勧請されたのが始まりとされます。聖武天皇の御代(729〜748年)には光明皇后が病気平癒を祈願する為に別当寺院である神宮寺を創建しています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されている穴太部神社、平安時代末期に編纂された尾張国神名帳に記載された従三位穴太部天神とされ古くから格式が高い神社でした。ただし、穴太部神社には岐阜県岐阜市の天神神社も候補に上がっている為にあくまで論社で、阿遅加神社だったという説もあります。寛治4年(1090)に下鴨神社(京都府京都市左京区)の祭神である賀茂別雷命の分霊を勧請合祀し賀茂神社と称するようになります。寛治7年(1093)以来、天下泰平五穀豊穣の祈願所となり度々朝廷に馬を献上し、寿永3年(1184)には武家が狼藉するのを禁令として発布し、源頼朝も庇護しています。江戸時代に入ると尾張藩から庇護され寛保元年(1741)には家老である瀧川豊後守が石燈篭を寄進、宝暦6年(1756)には藩主徳川宗勝が石燈篭を寄進、天保2年(1831)には社領の寄進し、天保14年(1843)には尾張藩12代藩主徳川斉荘が参拝に訪れ「萬歳」と記した書画を奉納しています。現在の神門は伝承によると鎌倉時代に建てられたとされ天明年間(1781〜1788年)に尾張藩主の命で現在地に移され覆い屋を建立し保護したとされます。賀茂神社古神門は高さ172cm、横254cm、鎌倉時代の神門建築の遺構として貴重な事から昭和44年(1969)に一宮市指定文化財に指定されています。社宝が多く能面や刀剣、神面、古鏡などが一宮市指定文化財に指定されています。治時代の神仏分離令後の昭和4年(1929)に郷社に列しています。境内にある「玉ノ井」は古くから眼病平癒に御利益がある霊水として知られ、中世は境内の前を鎌倉街道が通っていたことから、文人墨客などからも注視され多くの作品の中に登場し地名の由来にもなっています。長い間、「玉ノ井」は土中に埋まっていましたが享保2年(1717)に偶然発見され、天平3年(731)の墨書が記された古井筒楔と古井桁の破片も同じく見つかっています。祭神:玉依姫命、賀茂別雷命。
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