宝蔵寺 |
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[ 付近地図: 愛知県知立市 ]・[ 知立市:歴史・観光・見所 ] |
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宝蔵寺(知立市)概要: 亀岳山宝蔵寺の創建は喜祥3年(850)に慈覚大師円仁(平安時代の天台宗の高僧、第3代天台座主、入唐八家)により開かれたのが始まりとされます(知立神社の別当寺院の1つ)。当初は天台宗の寺院でしたが真言宗に改宗し正徳5年(1715)に江水禅師(楞厳寺:刈谷市)により中興され曹洞宗に改宗ています。境内には慶長5年(1600)、石田三成の命で徳川家康の命を狙い討つ取られた加賀野井弥八郎重茂(加賀井重宗の子供)の墓(当時の岡崎城の城主田中吉政が建立、宝篋印塔、全高45cm)が建立されており昭和40年(1965)に知立市指定文化財(建造物)に指定されています。重茂は家康を狙う為に池鯉附宿に滞在中に水野忠重(刈谷城主)、堀尾吉晴(浜松城主)と酒宴を開く事となり、その最中に忠重を刺殺、さらに吉晴にも切り掛りましたが取り押さえられ殺されました。又、加賀井重望によって討ち取られた水野忠重の詰め腹を切らされた2人の付け人の墓(追腹塚:宝町石亀から宝蔵寺に移された。)が建立され昭和49年(1974)に知立市指定史跡に指定されています。本堂は寄棟、桟瓦葺、平入、桁行7間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ、内部には宝珠錫枝地蔵菩薩や豊川茶吉尼天、西四国三十三観音、弘法大師などが祀られています。山門は入母屋、桟瓦葺、一間一戸、四脚鐘楼門。往時は斎藤家の家臣時代の竹中半兵衛が進軍してくる今川義元の軍を松の木から見分したと伝わる「物見の松」があったとされます。宗派:曹洞宗。
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